誰かの気持ちより、自分の心を大事にすると決めた
私は、わたしが感じていることが、何よりも、一番大切。
そんな風に思っていいんだ。まわりの反応や意見よりも、自分の心を大切にしていいんだ。
実は、そんな風に自分が感じていることを何よりも“優先すること”に許可を出せたのは、つい最近のこと。
『自分の心を大切にする』なんてとっくの昔からできていると思い込んでいただけで、実際は、まだまだ許せていなかったのです。
小さい頃から、“誰かの心の痛みに寄り添うこと”にあまりにも慣れすぎていて、
自分の心の痛みには、ひどく麻痺していたのです。
それでも私は、誰かの心に寄り添えて、痛みや悲しみを通じてでも共感しあえることに、どこか嬉しさを見出していました。
だからこそ、難しかったのです。
誰かの痛みや苦しみよりも、自分の心を優先していいと思えるようになるまで、だいぶ時間がかかりました。
スピリチュアルやカウンセリング(リーディング)のお仕事をするようになってからは、さらに、自分の能力である『共感性』や『他者への理解力』に価値を見出していたので、なおさら難しかったのです。
そんな私が、やっとの思いで選んだ、新しい生き方。
誰かに寄り添うのではなく、誰かの役に立つことで自分を救うのではなくて…
私が寄り添うのは、私の心だけ。
誰かが傷ついていても困っていても、それでも、自分の心が感じていることを何よりも、誰よりも優先すること。
ほんと難しいよ、これ。
私は、母親でもあるから、やっぱり、目の前で子どもが傷ついていたり苦しんでいたならば、まずは“母親の役割”として子どもの心のケアや何かしらの対応を、最優先しなきゃって思うじゃない。
特にうちの長女は、思春期に突入したこともあって人間関係や誰かの言葉に過敏になり、我慢やストレスを溜め込むようになった。
私が子育てで難しかったのは、どこまで子どもの人生に踏み込んでいいのか、ということでした。
親が子どもの痛みを取り除くことで、逆に子どもの成長を妨げてしまわないかを考えつつも…
それでも、居心地の良い環境や本音をさらけ出せる場はできる限り、提供してあげたいと思うしね。
私は、自分の子どもが死ぬほど可愛い。彼らのためだったら、自分の命を差し出せるほどになんだってしてあげたい。
もちろん、根底には、そんな無条件の愛がある。それでも、だけど…
母親なんて、なんて罰ゲームな役割なんだ!!
実際、そう思ったのは、一度や二度じゃない。
そんな母親としての責任やプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、それでも紆余曲折しながらも私は、自分の心を優先することを選んだ。選び抜いた。
私たちは長い間、他人の苦労や犠牲に寄り添い理解し、挙句の果てには、自分も同等の苦労や犠牲を差し出すことが『正しい生き方』だと、教えられてきたんだ。
これはほとんど、洗脳のようにね。
その教えは、うまくいってると思う。
だって以前の私は、目の前で誰かが泣いていたら、一緒に泣くことが正しいと思ってたし、
誰かが苦しんでいたら『わかるよ、わかるよ』って言いながら、一緒に苦しむことこそ“優しさ”だと信じていたのだから。
だから私にとって、誰にも寄り添わないで誰にも共感しないで、自分のことを優先することは、もう、この世の極悪人にでもなったかのような気分になるわけです。
みんなに好かれたいし、愛されたいのに、極悪人になるのです。まぁ、もちろん本当に極悪な人間になるわけじゃないんだけれども。
心の中では、『世の中での当たり前』に背くわけだから、そりゃあ、すっごく抵抗がありました。
でもね結局、自分の中にあった『私は、こうあるべき!』『私は、こうふるまわないと!』という刷り込みをひとつずつ解いていったら…
別にいいじゃん。私の人生だし、私は私のために生まれてきたんだから、自分を優先して、何が悪いの?
親とか、女性とか、仕事とかいろいろな役割や責任があるのは分かっているけれど、その前に、私は”わたし”という1人の人間なのだ!
それに、自分を優先したからって、それが=(イコール)『他人をないがしろにするわけではない』と、なんだか腑に落ちたのです。
人間として、自分の幸せを追求するのって当たり前のことだと、今は、そう思えるようになった。
だから、またこうして自分の心を素直に表現できるようになったのかもね。
私にとっての、新しい選択。新しい人生。
私の心、私の感じてることを一番優先して、大切にする。
誰かに寄り添うのも、誰かにも共感するのも、誰かに手を差し伸べるのも、全部、私の心の幸せとか安定のあとなんです。順番的には。
自分を一番に愛して、自分の心を何よりも優先して生きる。
そんな私の人生は、まだ始まったばかり。
でも、この新しい選択がこれからのわたしの人生に、何をもたらすのか。
それは、希望なのか、新しい愛のかたちなのか。まだわからないけど、私は、すごく楽しみにしている。
今はただ、そんな私の人生に祝福あれ!という気分なのです。

𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾

