新しい世界を見てみたいけど、同時に恐れてもいる
私は、外の世界を恐れているかもしれない。
今いる場所から出るのは…うん、やっぱり怖いよね。
今いる場所は、居心地がとてもいいのです。だけど、ずっとここにいるべきじゃない、そうも思っている。
外の世界を見てみたい。でも、やっぱり怖い気もする。この、堂々巡りをくりかえしている笑。
もし、一歩踏み出して怖い思いをしたら?危険な目にあったら?失敗したら?
歳のせいかな。前よりも破天荒になれなくなった気がするよ。いや、でも歳のせいにしちゃいけないよね。
新しい世界とは、私が挑戦したい新しい仕事や新しい表現。そういうものが、今はまだ、境界線の向こうにあるような気がしています。
心から望んでいることなのに、どこか現実的ではないような、そんな気持ちなのです。
今いる枠の外側に行きたいのに、私はなかなか、その一歩を踏み出そうとしない。
踏み出しているつもりなのに、気がつけば、いつもまだ枠の内側にいるのです。
何かやれているようで、進んでいるようで、進めていないことが、とても悔しかったりする。
もっと、大事なことに気づかないといけない。分かってる。行動で何とかしようとしても無駄だってことを。
今大事なことは、行動することじゃない。もっと大事なことに気づきなさいよ。そんな風に言われている気がするのです。
話は変わるんだけど、幼いときとか若いときって、強制的に外の世界に出されるよね。
あの頃は、それをすごく嫌がっていたけど、今思えば、強制的に外の世界に無理にでも追い出してくる環境って、ありがたいものだったなぁと、そう思います。
特に子どもたちを見ていると、毎日が変化の連続で、年齢が上がるに連れて、どんどんと広い世界に押し出されていってる。
否応なしに、新しい世界に適応していかなければならない。
毎日、それを成し遂げている子どもたちには感服するし、本当に尊敬しているんだ。彼女たちはとても強い。
当の母親である私はどうだろうか。彼女たちの目に私は、どんな風に映っているのかな。
私は、優れた人間ではないけれど、子供たちにとっては、子供たちの前でだけは、自分に恥じない人間でいたい。
さて、私の話に戻りますが、とにかく私は外の世界を恐れている。
それはそうだ。未知の世界は誰にとっても怖いものだし。新しい世界は怖いものです。
私は失敗するかもしれないし、痛い目にあうかもしれません。
思っていたようにいかなくて、『それみたことか』『言わんこっちゃない』と、そんなことを言われるかもしれない。
私の中の悪魔はいつも、『正しいこと』をささやいてくるのです。
でもきっと私は大丈夫だ。
失敗もすると思うし、つまずきもすると思う。情けない姿もきっとさらすし、そのたびにバカにもされるかもしれない。
でも、それでもまた立ち上がれる。そんな強さが私にはあるから。
だから、きっと大丈夫だ。この境界線の向こうに、そろそろ行ってみようと思うよ。
𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾

