私は、世界で一番幸せな人間なのです。
私はずっと、幸せが向こうからやってくるのを待っていたのかもしれない。
来る日も来る日も、『まだかな、まだかな』と首を長くして、待ちぼうけしていたんだ。
でも、突然!!思ったのだ。『あれ、私は何を待っていたんだっけ?』
私の待ち望む”それ”は特別な自分になった時や特別な成果を出したとか。
あとは、がむしゃらに頑張った後だけ受け取っていいのだと思い込んでいたけれど、でも、決してそうではないのだ。
待たなくていいのだ。この瞬間に手を伸ばして手に入れていい。
私は待ち続けているうちに、自分の目的を見失って”待つこと”が目的になってしまっていた。
そうしているうちに、自分が何を待っていたのか忘れてしまったの。
それくらい、私が待っていたものは、本当はどうでもよかったのかもね。
でも、私はもう待たない。だって私は毎日幸せなんだから。
誰か忘れたけど著名な人が言っていた。幸せとは『充足感』のことなんだと。
わたしたち人間はこの充足感を得るために、あの手この手で世の中の価値あるものを手に入れようとするのだ。
そして、私は気がついた。
人々が幸せになるために絶対に必要なのは、その”価値あるもの”ではないんじゃないだろうか、と。
何かを手に入れて幸せになるんじゃなくて、例え、望むものが手に入らなかったとしても幸せでいられる人生を生きる。そっちの方がかっこよくないか?
もう1つ大切だと思うことがあって、それは、自分を満たしてくれるものが”何か”を理解すること。
だってねそれさえ分かっていたら、いくらでも『幸せ』の代用がきくから。
この事に気づいたとき、私は自分に許可をしたんだ。
私は毎日毎日幸せでいいんだ、と。もう何も待つ必要はない。ただただ、毎日幸せを感じて満たされていいと、自分に許可をしたの。
私が幸せになるために、特別なものは何も必要なかったよ。
特別なものがやってくる日をずっと待っていたけれど、そんな時間は必要なかった。
なぜなら、私の人生に起こる一瞬一瞬、それがどんな瞬間でも、それはとても特別なものだと知ってしまったから。
今の私の中には『幸せになるための条件』『満たされるための条件』が存在しないのです。
あったような気もするけど、今は、それが何か忘れちゃった。
それくらい今の私の中は空っぽだ。
毎日、毎日満たされた気持ちを感じることができるようになった。
私の毎日に起こる幸せは、とてもちっぽけなことで、些細なことで小さなこと。そんなことの方が多いと思う。
たまーに、自分のやりたいことを成し遂げて大きな喜びを感じることもあるけど、それは、たまにだよね。
でも、小さくても大きくても私にとっての幸せだってことは、間違いないんだ。
これまでの人生で辛い日も悲しい日も、怒り狂う日もあったよ。
でもね、今不思議なのは、オセロがひっくり返ったようにすべてが『幸せな記憶』で塗り替えられてしまったような、そんな気分なんだ。
非日常的なことや、特別なことはそんなに無いんだけど、たいそれたものを手にしたわけでもないし、これまでと変わらない日々が続いているだけなんだけどね。
私は相変わらず、忘れっぽくて気分屋で、そしてお調子者でさ、人付き合いが苦手で自由で
そしてワガママで、優しくてね。
ただ、それだけのことなんだけど、やっぱり何か幸せなんだ。
誰かと交わす他愛のない言葉の一言一言がなんだか、幸せなんだ。
私はもしかしたら世界で一番、幸せな人間なのかもしれないね。
“一番”なんて言っていいのだろうかでも、本当にそう感じる瞬間がある。
だから、いいよね。私は世界で一番幸せな人間だし、世界で一番かわいい女の子だし、幸せになっていいし、そうなるべき人間なんだ
うん、そうなんだよ。
なんでそう思えるかって言うと私ね、すごく頑張って葛藤を手放してきたから。私がやったことは、ただそれだけ。
葛藤がたくさん存在する世界
“正しいか、間違っているか”
“良いか悪いか””あれかこれか””善か悪か”
もうね、そういうもの全部こうあるべき!とかこうじゃないと!とか死ぬ気で探して、死ぬ気で手放してきたんだ。
そうして気づいたら『世界で一番幸せだ!』と思える世界にいたの。ただ、それだけなの。
きっと、これから先にも悲しいことや苦しいことがあって、そういう事が、すべて消えるわけじゃない。
でも、どんなことが起きても私が幸せだということは、きっと永遠に変わらない。そんな気がしているよ。
私はなんだか、やっと生きていける。やっと息をしている。そんな気分。
今日も私を幸せでいさせてくれてありがとう、この世界。
𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾

