自分のことを知らないままでは、願いは叶わない
私、今すごく怒ってます。何に怒っているかって?
それはね、”自分”に対して、腹が立ってる。
私はこれまでずっと、願望実現について教えてきました。それが自分の大好きなことだったし、ずっと探求して、研究してきて、すっごく得意なことだったから。
その中で、何百人という人の個人セッションもしてきた。講座とかセミナーもいれたら1000人以上になると思う。その中で、ずっと気がついてたことがあるんだ。
願望実現において、重要なこと。
みんな、願望実現のことはすごくよく知ってるのね。どうしたら願いが叶うのか、宇宙の法則とか、エネルギーがどうこうとか。
そして、自分自身が常に現実を生み出していること。例え、自分が望まないような現実だったとしても、それさえも自分の創造であること。
そういうことは、スピリチュアルとか自己啓発とか、すごく勉強してるから知ってるのね。
でもね、そういう人でも、すごくたくさん勉強してきても、人生が思うようにいかない人や、望まない現実を繰り返している人、他にも、不安や焦りを常に感じてる人が、ほんとうに多くいたのね。
それでね私、途中で気づいたんだ。
願望実現の仕組みを知っていても、成功哲学をどれだけ学んでも、高額なセミナーに身を投じても、変わらない人は変わらない。
そして、変われない人の方が圧倒的に多いのだということ。
これさ、何でだと思う?
ちなみに、性格とか能力の問題じゃない。行動力が無いからとか、飽きっぽいから、コミュ障だからとか、そういうのは全く関係ない。
理由はね、たった1つだけ。
『自分のこと』だけは分かってないから。ただそれだけ。
みんなね、本当に色んなこと知ってる。
私が知らないスピリチュアルのことも、宇宙のことも、世の中のあれこれも。
SNSをどう使うかとか、どうやったら成功するかとか、意識が〜とか、ポジティブで〜とか、あらゆることを、みんな知ってる。
でも、途中でつまづいてしまう人、人生を思い通りに生きられない人には、まだ知らないことがある。
それはね『自分自身のこと』だよ。
自分がどれほどすごいか。自分がどれほど美しいか。自分が成し遂げてきたこと、今、自分がここにいる奇跡のこと。
他にも、自分の本当に望むものが本当は何なのか分かってなかったり、毎日、自分がどんな気分で過ごして、どんなことで喜びを感じて、どんなことで怒りを感じて、どんなことで悲しくなるのか。
自分の意識が、いつもどこに向いているのか。思考が何を捉えていて、フィーリング(気持ち)がどこへ向いているのか。
毎日の自分のこと。何気ない瞬間の自分のこと。
あなたは知ってる??
何気ない日々の中に、自分にとって一番大事なことがある。でも、人間は、失ったときにしかそれに気づけない。
日々の中にある、本当に小さくて、一見、価値のなさそうな、何にもないような自分の中に、とんでもない奇跡が存在している。
生まれた時からずっと持ってる、ずっと変わらない、今もすぐそこにある、自分の一番の輝き。
そういうことは、みんな何も知らない。知ろうともしない。知り方も分かってない。
だから私は、ある時に気づいたんだ。
願望実現のこと教えても、願いを叶える方法を、どれだけ教えても意味がない。
みんなが、自分のことを本気で知ろうとしなければ、本気で理解して、許して、愛そうとしなければ、そういう土台がなければ、すべての情報は無意味だってこと。
そういうことに気づいていたから、”情報”という名の、本来はあまり役に立たないそういうものに、本来の価値以上の値段をつけて売るインターネットの世界が、少し嫌になった。そして、離れたんだ。
でも、私はその時、自分が恥ずかしかったの。
なぜなら、私もそういうことをしていたことに気づいたから。
私という存在が、そういう道を作って前例として、みんなに見せてきたのだから。そういう罪悪感がずっとあった。
まぁ、でもそれは、誰にでも無知で未熟な時期があるよねってことで許した。
でも、同時に気づいたことがある。
私こそが、自分のことを何にも分かっていなかったの。
私がどれだけ弱虫で臆病で、同時に、私がどれだけ美しくて尊くて、何に喜びを感じて生きてきたのか、何に傷ついて、何に怒りを感じて、ずっと生きてきたのか。
私はね、本当に何も知らなかった。だからそんな自分に絶望したのね。
でも、そこからの私はすごいよ。快進撃だよ。
私はすべてを捨てて、すべてをさらけ出して、自分を愛することにしたの。自分を心底理解することに、1000%コミットした。
だから名前も肩書も経験も実績も、すべて捨てたんだ。
だってそれらはもう、私の人生の喜びにはなっていなかったから。
“人”も全部捨てたんだ。自分を愛してくれた人も、ずっと優しくしてくれた人も、私を欺いた人も批判した人も、馬鹿にした人もね。
とにかく、すべての人を切り捨てた。
なぜそんなことしたかというと、自分を愛するためだった。
というか、私にはもうその道しかなかったの。
絶望の中で残されたのは、自分を愛すること。それにすべてを賭けるしかなかった。選択肢は無かった。だから迷わなかった。
それで、結末はどうなったかと言うと・・・
私は今、ここで生きてる。ここに存在しているよ。
何それ、最高じゃん。私が存在する世界なんて天国だねここは。
そう思ってる。
でもね、馬鹿な私は、また同じ過ちを繰り返そうとしていたんだ。
自分にとって意味のないことをやろうとしていた。何でだと思う?
それはさ、みんなの期待に答えたかったんだ。みんなに必要とされたかったんだ。
だから、これじゃないって、これは根本的な解決にならないって分かっていても、願望実現のこと、まだ教えてたの。
いや、それはそれでいいの。願望実現の方法も大事だよ。それは分かってる。でも、私にとっては、もうそれを教えることに意味がない。
だって、このブログのタイトルを見てよ。私はもう、願いを叶えるために生きてないの。
今の私は、この世界のたからものみたいにして、生きてる。
だって、それこそが、自分の望むものを手に入れるために、心底必要なことだって知ってるから。
何を手に入れられるか、どんな願いを叶えられるか、私にとってそんなことはもうどうでもいいことなの。
だって私は、この世界で一番価値があるもの、一番輝くものを手にいれたから。
それが”私”なんだ。
ずっと分かっていたのに。ずっと気づいていたのに。
まだ、”願望実現”なんて言葉をちらつかせて、みんなの気をひこうとしていた自分が、心底、恥ずかしいし、腹立たしい。
でもさ、今このブログを書いてたら、そんなこともどうでもよくなってきた。
そんな私も可愛いよね。人間らしいよね。みんなも、そんな私が好きでしょ?笑。
あと、ついでだから書いておこうと思う。
確かに私は魔法使いだよ。
私の望むものを、好きなものを何でも手に入れられる、やばいくらいの凄腕の魔法使いだ。私は、私の欲しいもの、やりたいことのためだったら何でもできるよ。
この世界で唯一無二の、愛しい愛しい”私”のためなら、悪魔の仮面だってかぶれるのさ。
でもね、それは”私の世界”だけでのお話。
私という存在は、他の人にとってはただの人間だし、凡人だし、普通の存在だよ。ただの部外者なの。
毎日、あれこれボヤいて、人間ゲームの中でワチャワチャしてる、ただの可愛い人間だよ。
だから、私と会っても、私のセッションを受けても、あなたの世界が変わる確証なんてないし、当たり前だけど、私が、あなたの願いを叶えるわけじゃない。
だから、そういう期待がある人は、もうここから離れた方がいいよ。ちゃんと自分の世界に戻るんだよ。
そして、あなた自身があなたの世界の魔法使いになるんだよ。
この世界でたった1人しかいない、何よりも誰よりも大切で愛おしい”あなた”の元に戻るんだ、今すぐに。
そして、ちゃんとあなた自身が、あなたを愛して、理解して、許して、あなたの望むものを自分の手で、自分に与えてあげるんだよ。
分かったね?
そしてまたいつか、あなたとわたしの喜びが交差する場所で再会しようね。約束!
𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾

