自分のことを馬鹿にするなよ

ERICO

1月9日は、私の誕生日だった。


でも誕生日の夜に、姉と言い合いになってしまった。


そのときは、最悪の誕生日だと思ったけど、もしかしたらこれは、最高の誕生日プレゼントなのかもしれないと今は思っている。


私はその日、姉に本当に思っていることを言った。私はもう建前で、他人のご機嫌をとりたくなかったから。


そうしたら言われてしまった。『そんなこと言うなんてひどい!それはないよ!』そう言って姉は泣いた。


そして、ウンコみたいな感情を投げつけてきた。私の誕生日という神聖な夜にもかかわらず。


うん。本当のことって傷つくよね。残酷だよね。泣きたくなるよね。そう思った。


私は目の前で感情的になっている姉を前にして、ひどく冷静だった。


楽しい誕生日ディナーを過ごして、私もお酒が入っていたので、『また今度にしよう』と言って、私は早々に電話を切った。


私は、姉が投げつけてきたウンコを受け取らなかった。だって、ウンコだからだ。そして、何も言い訳をしなかった。


だって私が言った言葉は、売り言葉に買い言葉などではなくて、私の本当の気持ちだったからだ。だから、私はその時いたって冷静だった。


もしかしたら、昨年の私だったら、そんなことは言わなかったかもしれない。


『こんなこと言ったら、きっと姉は傷つくだろうし嫌な思いをするだろう。義理の兄にも申し訳ないから』そして、自分の心を押し殺して、姉を気づかっただろう。


でも、そんなクソみたいな建前で自分の心を押し殺す私はもういない。従順で優しい妹は、もうどこにもいないのだ。そんな妹は、2025年で死んだのだ。今ここにいるのは、この世界のたからものだ。
        

    
次の日になって、怒りが湧いてきた。ものすごい怒りだ。


これは、今まで抑圧してきた怒りだ。私の中に、まだこんなにも怒りが残っていたんだ。その怒りは、私の身体にまで浸透してきて、今、私は体中が痛くてたまらない。


私は、ものすごく怒っていた。この怒りの源はなんだろうと、私は全身に毒のような広がった怒りを感じてみた。


私は、ずっと家族に自分をないがしろにされていると思って生きてきた。幼少期から、家族の中に、自分の居場所はなかった。私は孤立していて、いつも孤独だった。


大人になってからも、それは変わらなかった。


私の”妹ポジション”は変わらなかった。何を言っても、彼らからしたら、『ただの妹』で、自分より下の立場なのだ。


でも私は、そんなことはあまり気にしていなかった。仕方のないことだと思っていた。私は、確かに家族の中ではクズだったから。


それよりも、私は姉が大好きだったし、姉の夫(義理の兄)も好きだった。だから、自分の存在が、多少尊重されないことなんて、どうでもいいことだと思ってた。家族なんてこんなものだよね。そう思っていた。


でも、それは少し違っていたみたいな。だから私は今、とても怒っているみたいだ。


私のような、この世界で一番大切な人間の特別な日に、心に土足で踏み込んでおいてウンコを投げつけてきたことに、心底、怒りが湧き上がっていた。
    

       
私は、自分はずっと家族に大切にされていないと感じていた。私の気持ちは、いつも尊重されないと思っていた。


私は彼らにとって、所詮、妹なのだから、末っ子なのだから、仕方ないと思っていたけど。でも本当はそうじゃなかった。本当はそうじゃないと、うすうす気づいていた。


今回のことで葛藤に気づいたんだ。


本当は、姉も姉の夫も、私を尊重していた。100%じゃないかもしれいないけど、彼らは彼らなりに、いつも私を理解しようとしてくれていた。


そうだ。私を馬鹿にしていたのは、私だ。


私の言葉には価値がないし、説得力もない。だから、私の気持ちも言葉も、尊重されるほど価値がないものだ。大切にされるわけないのだと、そう思っていたのは、本当は私だった。


私を馬鹿にして、私の心を大切にしてこなかったのは、私なんだ。


私は、自分が自分を馬鹿にしていることに気づきたくなかっただけだ。だから、ずっと家族のせいにしてきたんだ。


だから、姉が私にしたことは、結局、私が”わたし”にしたことだ。


お前、何してるんだよ!

自分のことを馬鹿にするなよ!

自分の心も言葉もこれ以上ないがしろにするなよ!



この怒りは、自分自身への怒りだ。


そう。私は最高の誕生日プレゼントを手にしたのだ。
       

    
私は今、『自分自身へのほこり』を取り戻そうとしている。これは、姉がウンコを投げつけてきたおかげだ。おね、本当にありがとう。


じゃあ、これで姉とも仲直りできるねෆって思うかもしれないけど、そんなわけない。


私は、自分のためにも、心底怒ろうと思ってる。


私は、本当に姉のことが好きだ。心から大切に思っているんだ。


え、お前さっき怒りは自分自身への怒りって言ったじゃん。と思うよね?


そうだ。それが何だ。私は今、すごく怒りたいから、だから怒るんだ。


自分にも、姉にもだ。


きっと、姉もそうだ。傷ついているし怒っていると思う。それでいい。


怒っているのに、ちゃんと怒っていることを伝えないのは相手への欺瞞ぎまんだ。本当は許せていないのに許す態度をとるのは、心の広いことなんかじゃない。本当は、心のせまい人間がやることだと思う。


私たち家族は、そんなことをずっとやってきて、それで結局、今バラバラだ。だから、私は同じてつんだりしない。


私たちは、心をむき出しにして殴り合っていいと思う。それは家族にしかできないことだ。
        

     
私は、『私の怒り』という一番一番美しいものを、もう隠したりしないのだ。


でも、私の怒りがダイヤモンドのようにあまりにも輝きすぎて、もしかしたらこの輝きに耐えられないかもしれないけど、それでもいい。


私が美しいことは、私だけが分かっていればいい。これは、誰かに押し付けるものはないのだ。去るものは追ってはいけない。


自分がダイヤモンドだと思っているものでも、他の人から見たらウンコかもしれない。


人それぞれ価値観が違うし、正しさも違うのだ。それでいいのだ。


そんなこんなで2026年、最高の誕生日を過ごした私なのでした。


今年は当初の計画通り、色々なことが爆発していてなかなかいい感じです。

𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾☺︎

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