使命も役割も、ぜんぶやめました

ERICO

その昔、私は、みんなに使命とか役割とか、そういうのを伝えていた。


それを知ったら楽だよ。人生の道筋が見えてくるよってね。


でも、今のわたしは…
   


使命とか、役割とかそういうの考えるのが、今はほんとうに面倒になった。

やりがいとか、情熱も私は、もういらないんです。

私は、ただこれからは
らくに生きたいだけなの。

『楽であること』がなんなら、一番大事です。

私のここからの人生戦略は『とにかく
らくして生きる!』なのです


スピリチュアルの個人セッションをしていた頃、よく聞かれる質問のTOP3に入るのが、『私の使命は何でしょうか?』『自分の役割が知りた知りたいです!』これでした。


わかる、わかるよ。


私も、20代のスピリチュアルジプシー時代、それがどうしても知りたくて、あらゆる人のところにけ込んでたもんね。


自分の人生の空虚くうきょさや無価値感を、”意味のある何か”で埋めたかったんですよね。


でさ、多分そのときに色々とそれっぽいことを聞いたと思うんだけど…今は、すべて忘れました。笑


それから、自分でもスピリチュアルの仕事をするようになって、自分なりに自分の使命とか役割を定義づけたこともあったけど、もう、それも全部やめました。


なんでかって?
疲れたからです。


ここでの”疲れた”の意味は、使命や役割の内容に疲れたのではなくて、そういう”枠”とか”定義”みたいなのに自分を当てはめてしまうことに疲れたし、きてしまったのです。


もちろん、使命とか役割とかそういうのが明確になってた方が、行動や目的が明確になるしそれは、それでいいのかもしれない。


でも、わたしの場合はそういうものを過度かどに背負い込んでしまうクセがあって、最終的に、不自由さを感じて、身動きがとれなくなってしまうことが何度もあった。


だから私はある時から、役割とか使命とかそういうものが面倒になってどうでもよくなって、全部捨てたのですね。


そうしたらね、とんでもなく楽になった。
     


役割とか使命とかを考えないようになったら、毎日、何をしていても何もしていなくても、それでもいいってことじゃない?


なぜ私は今まで、こんなにも自分を不自由にするような重荷を好きこのんで背負っていたんだろうか。


そこを深堀りしていったら、私は何かしらの『理由』が欲しかったんだと分かった。


それも、ただの理由じゃない。私がほしかったのは『崇高な理由』


自分が行動したり表現したり、好きなことをしたり、仕事をしてお金をもらうことを正当化するための何か、崇高な理由が欲しかったんです。


だって、もしそれがあれば、まわりから見たときに、なんだか、見栄えがいいじゃない?


どうやら私は、見栄えのために、使命や役割を追い求め続けていたようだ。
     


『私は、使命を生きてるんですよ(ふふん)』みたいな感じで、誰かからの見栄え重視で生きていたみたいだ。


なのに結局、自分が背負ったその役割や使命に押しつぶされてしまうなんて、滑稽こっけいな話だと思いません?


そうして、重荷をおろして毎日、フラフラと過ごしている私なんだけど、2025年になってから、もう一度、自分の人生の計画?そんなことを考えてみようと思ったのです。


それで、今後の人生をどうやって生きていきたいかと本気で考えたときに出てきたのが


もう、楽に生きたい。
すべて、楽して生きたい。



これだった。


『楽しいことしたい』とかじゃないの。とにかく”楽”であることが大事なの。


え、すべてが楽とか、何それ最高!と思って実際の”楽な人生プラン”を設計しようとしたときに、1つ葛藤が出てきました


それは、私の母親のことでした。
    

    
私の家族は、いわゆる『機能不全家族きのうふぜんかぞく』と呼ばれるものでした。

※機能不全家族とは、家庭内の役割分担やコミュニケーションが適切に行われず、家族メンバーの心身の健康や成長に悪影響を及ぼす状態。例えば、親が過度に支配的であったり、無関心であったりするケース


私の父親は、すごく真面目な人だったけど父親の父親(つまり私の祖父)が残した借金があって、長い間、お金の問題を抱えていました。


私の家族を外から見たら、経済的な問題なんて何もなさそうな普通の家庭で育っているように見えたと思う。(私も実際に高校から大学まで私立だし、姉は中学からお嬢様学校に入ってた。)


今思えば、父親も母親も子どもたちにだけはお金の問題を見せないように、死ぬほど努力してくれたいたんだな、と思う。ほんと感謝しかありません。


楽して生きたい!と思ったときに真っ先に『母親の姿』が思い浮かんだのです。


その昔、母は家計のために平日は会社員として働きながら、土日もアルバイトをして家計を支えていたのです。


しかも、そのアルバイトが自宅から2時間近くかかるような、めちゃくちゃ遠い場所まで行って
働いていたのです。確か、知りあいの飲食店で土日だけ働いていたと思う。


今、思えば、家の近くだと近所の知り合いの目があるから(知られたくないから)わざわざ、そんな遠くまで行ってたのかもしれない。
     


私は、基本的には、母親のことがあまり好きではない。


でも、そんな母の姿を思い出すと、私や姉という子どもたちの人生を苦労して支えてくれたことはとても、ありがたいし尊敬そんけいしている。


だから『楽して生きよう!』って思ったときに真っ先に母親が苦労して働いていた姿が浮かんでしまって、そしてなんだか、申し訳なくなってしまったのです。


母親が、あんなに苦労してまで私を育ててくれたのに、母親とは真逆の人生を選ぶこと『楽して生きよう!』なんて思っていいんだろうか、と。


なんだか、申し訳ない。らくしたいなんて思う自分が情けない。母親を見習って私も頑張らないと…


そんな葛藤が、頭をグルグルしはじめたけどもうこれ以上、その波に飲まれたくなくて。私は、この罪悪感とちゃんと向き合ってみた。


そうして浮上した、自分の中にある本当の本音。


あれ…?私、母親みたいな人生…やっぱり…めちゃくちゃ嫌だわ!!!!


いやもう無理無理無理。絶対に嫌。ほんと無理。私にはできないし、したくない。


罪悪感を押しのけて、そんな自分の気持ちをちゃんと認めてあげたんです。
         

   
もちろん、母の人生を否定したいわけじゃないし、尊敬してる部分も、たくさんある。


けれども、母の人生を見て育ったからって『同じように生きなきゃいけない』わけではないよね。


きっと、そんなこと、母も父も望んでいない(はず)


私は、親から生まれてきた。(当たり前だけど)でも、だからといって親に同意しなくてもいいし、無理に尊敬しなくてもいいし、真似しなくてもいい。


私は、お父さんみたいな人生も、お母さんみたいな人生も、死ぬほど嫌だ!!!


私は、私なんだから。私らしく、幸せに生きていきたい。ただそれだけなんだよ。


最初はそんなふうに思うことすら、勝手に罪悪感が出てきて、自分を責めそうになったけど…


いやもう、無意識のうちに親の人生コピーするの断ち切ろう絶対もうやめようと、今は、大きな決意があります。


親、ありがとうね。親、ほんとにすごいね。親、でもそれ私にはできないし、嫌だよ。


毎日、好きなことして幸せでいいし、楽に生きて、楽に仕事して、何も考えなくても悩まなくても豊かで幸せでいたいのです。

ふぅ。
     

       
こうしてハッキリと言語化できたこと、ここに書けたことは、私にとってかなり大きな進歩なのです。


そうして、私は今後の人生の楽々プランを、計画しているところです。もちろん、それがうまくいくかどうかは、また別であるけれど。


仕事も、人間関係も、子育てもぜんぶ楽々で、遊びとか楽しいことが楽にできたら、私の人生はどんなことになるんだろう。


今、時代は激動で、みんないろんなことにピリピリしてて、世界がどうなるとか、経済がどうなるとかワチャワチャな中でも、私は、本当はそんなことはどうでもよくて、ただ楽しく、幸せに生きたい。


わたしのこれからの人生戦略。
らくして、幸せに生きていくこと /


なんか….さすが私!!と思ったよ。みんなも、楽しながらも、幸せに生きていこうね。

𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾

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