美しくて強くて豊かな自分を、憎んでいた
今私は、生まれ変わったみたいな気分なのです。
私は、私のままなんだけど、もう”これまでの私”ではないのを強く感じるのです。
すごく大きな葛藤があった私は、恐れずにそれを見た。
そうしたら
『お前なんて大っきらいだ!』
『お前なんて消えたらいい!』
『お前ほど恥ずかしい存在はいない!』
って、すごい怒りがわいてきた。
最初私は、その怒りや哀れみを他の人たちを通じて見ていた。でもそうやって、他者に投影するのをやめて、ちゃんと自分の中で感じてみたんだ。
そうしたら、分かったこと。
私が非難し軽蔑していたのは、私自身であったということ。
私の未熟さ、軽率さ、そして自由で豊かな部分を、私は憎んでいた。
以前の私の活動名は、『服部エリー』なんだけど、『服部エリー◯ね!!』そう思っていたみたいです。
どれだけ憎んでいたの(笑)
だって彼女は、美しくて強くて豊かで望むものをいとも簡単に、なんでも手に入れていたから。
そして自由でわがままで、誰も彼女を止められない。服従させることなんて不可能。そんな存在だった。
いつからだろう”そういう自分”と”もう1人の自分”が乖離し始めたのです。
自分の内側がバラバラになった時、私は、この世界で迷子になった。
おかしな話なんだけど、私は”服部エリー”という存在を恨んでると同時に、とても愛していたし、憧れていたし、そして本当に大切に思っていた。
でも、彼女の輝きは、当時の私には重荷だった。
過去からつきまとう多くの葛藤が、自分は誰かに称賛される資格など無いと思わせていたから。
私は彼女の放つ光ではなくて、ドロドロと肩にのしかかった葛藤に従った。
だから、私はある時から、彼女(自分自身)のことを避けるようになったの。
彼女の名前も作品も、何も見たくなくなって、彼女のことには、無関心になった。
彼女の名前を出されても無反応。褒められても、何を言われても他人事のようだった。
それくらい私は、彼女を拒絶していた。
でもそんな時間は、長くは続かない。
だって、私のまわりには、彼女を彷彿とさせるような美しくて才能に溢れた女性たちがたくさん存在していたから。
この愚かな投影をやめて、自分自身をちゃんと受け入れたことは、私の人生においての大きな功績だと思う。
本当にそう思うくらいに、葛藤を手放した私は別人だ。
もう今の私は、輝くことを拒んだりしない。
どれほど自由に生きても、好きなものを好きなだけ手に入れていいのだと100%自分に同意して、許可している。
私の人生にこれからやってくる成功と豊かさを確信しているんだ。それは既に、私の中にあるものだから。
バラバラになっていた自分の心を統合させたことで、蘇ってきた情熱と野心が、私に希望と衝動を与えてくれるのです。
このワクワクするような衝動をもう無視するわけにはいかないよね。
少しずつでも前に、前に。
𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾

