嫌われても大丈夫。だって、どうせ私は愛されるのだから。
今日、ベッドで横になっていたら、少し眠ってしまったんです。
そうしたら、白昼夢の中で昔の嫌な思い出を思い出しました。
どんな思い出かというと、学生の時に仲間外れになった思い出。
若かりし頃の私は、今以上に人間関係やコミュニケーションが本当に下手くそで、人間関係こじらせクイーンでした。
考えも行動も幼稚だったから、よく嫌われていた。
自分勝手だったし、ワガママだったし、平気で嘘をつくし、そして、可愛かったから(笑)
だから、嫌われたし疎まれた。
同窓会なんて絶対行かないし、成人式も行ってない。それくらい学生時代というのは、私にとっては苦しい時期だったかもしれません。
でも、1つだけ幸運だったのは、私が、若さゆえの反骨心みたいものを持ち合わせていたことです。
だから、悪口を言われても、仲間外れにされても半ば強引に、『あんなバカみたいな奴らに悪く言われても、仲間はずれにされても、別にどうでもいい。私は悪くない』
そんな感じで、他人からの批判や悪口を突っぱねて、なんとかして、我が道を貫いていました。
※でもこの強引な技は、無知で未熟な子供ながらの特権で、大人になってからは、使えなくなりました。
もちろん、今思えば十分に傷ついて悲しかったし、プライドも自尊心もボロボロだったはずです。
だけども『こんちくしょーー!!』という気持ちをバネにして、過酷だったその時代を、私はふさぎこむことなく、諦めることなく生き抜いたのです。
まぁ、自業自得なんだけど、でも私、よく頑張ったなぁ..
話は戻りますが、その昔の嫌な思い出を思い出したときに、私の中に、まだ過去の苦い思い出から引きずっている、葛藤を見つけたのです。
- 私は仲間はずれにされるべき人だ。
- 私は最終的には嫌われてしまうんだ。
- そうあるべきなんだ。
白昼夢を見ながら、思い出したその過去の出来事が、『ただの過去の思い出』ではなくて。
今の私の人間関係や環境にも大きな影響を与えていること、今の自分の信念体系であることに気づいたんです。
もう、とっくに癒やして手放したと思っていた、孤独な心、疎外感、無価値感。
そういうものが、まだ残っていたんだよね。
だから私は、大人になって愛されるようになっても、素晴らしい人たち一緒にいても、
『だけど、どうせ私は嫌われ者だし』
『私だけ、輪の中に入れていない気がする..』
『ここも、私の居場所じゃないのかも』
なんて、ずっと同じような悩みと人間関係を、知らず知らずのうちに続けて生きてきたんです。
でも、すべて私が仕向けていた。私を、仲間外れにしたいたのは私。私をみんなから嫌われるように仕向けていたのも、すべて私。
だって、自分がそうあるべきだ、そうならないとおかしいじゃん!と、自分の葛藤が、望む通りの人生を選んでいたんです。
白昼夢から覚めて、ボーーーっとしながら、私はつぶやきました。
『もう、この葛藤いらない..』
これまでの自分の人生の謎がとけて、葛藤を手放す決意をしたら、それからしばらくして、新しい感情が湧いてきました。
あぁ、わたしはもう大丈夫だ。
誰かに嫌われても、仲間外れにされても大丈夫。だって、どうせ私は愛されるべき存在なんだから。
もし、この先にまた一人ぼっちになってしまっても、それでも、全然大丈夫だ。
結局、私はまた愛されるんだ。愛されるしかなないんだ。私には愛される人生しか存在していないのだから。
心の奥底から湧き上がった、自分の存在に対しての確信、そして信頼の気持ち。
何があったって、どうせ私は愛される。
嫌われたって大丈夫。どうせ私は愛されるから。
葛藤を手放したことで、『嫌われる』から『絶対に愛される』という、真逆のベクトルの自分に、意識を向けられるようになりました。
この深いフィーリング(感情)は、何日もたった今も、私の身体の中を駆け巡っています。
心地が良くて、あたたかくて、満たされた気持ち。夜眠る前も、朝起きてすぐも、幸せな気持ちで満たされています。
あぁ、愛というものはやっぱり、誰かからもらうものじゃなくて、自分の中に元々あるものなんだね。私がこれまで気づかなかっただけで、ずっと、ココにあったんだ。
どうでもいい葛藤のせいで、気づけなくなってただけだった。なんだ、そうなんだ、と。そんな事に気づいて、私はさらに幸せを感じていました。
嫌われても大丈夫なんだったら、私はこれから、またさらに何でもできるかもしれないね。
自分の人生の新しい可能性も感じながら、心地よく過ごした夏の午後でした。
では、今日のお話はおしまい。
どうせみんなから愛されちゃうERICOでした!
𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾

