お金への恐れの正体は、自分の中の醜さ

ERICO

今日は、お金を稼ぐことについて、私が気づいた葛藤について、書いてみようと思う。


私は今、やりたいことがあります。


それは、新しい自己表現なんだけど、なかなか、それを進められずにいたの。


そこにある葛藤を見たときに、成功に対してのネガティブな葛藤とか、自分の人生から、充分なお金を遠ざけている自分がいたのね。


なんか私は、お金のことを考えるのが嫌だったの。一時期、そういう時期があった。


元々、経営とか税務的なこととか、本当によく分からないし、頭が痛くなる。


会社を運営していたときは、すべて税理士さんに投げっぱなし、任せっぱなしにしていました。


もちろん、苦手なことを誰かに任せることって、ビジネスをしていく上で大切なことだし、それは、ポジティブなことでもあると思う。


でも、今の私の場合は、どうも過剰かじょうに、過敏かびんに、お金の計画や経営のことを考えるのを避けていました。


けれども、これから自分のやりたい事を本格的にやっていく上で、またそういう作業や知識が必要になってくることは明白です。


なぜなら、私は自分のやりたい事でお金を稼ごうとしているのだから。


それで、成功したいと思っているのだから。


私が持っていた葛藤は、大きく分けて2つありました。


1つは『成功』に対して、もう1つは『お金』に対してです。
    


ずっと、十分なお金やお金を稼ぐことを、自分の人生から遠ざけていました。


その理由は、自分が経営とか経済のことが苦手だからお金をうまく扱えない。


自分の管理下で、上手に管理できない。だからお金を恐れている。そう思っていました。


やりたいことは、当たり前だけどやりたい。


けれども、それにともなって発生する経営とか税務的なことに関して、考えるだけで、大きな拒絶きょぜつ反応がずっとあったのね。


成功したいけど、したくない。お金をもっと稼ぎたいけど、稼ぎたくない。


そういう、矛盾した思考の板挟いたばさみになって、最後は結局、思考停止してしまっていたのです。


でも、やっぱり私は”やりたい事”をやりたいわけなんだから、ここを無視したままで、先には進めない。


だから、よく観察したんです。自分の葛藤を。お金に対しての恐れを。


お金を恐れているけど、そこで本当は何が起きているのか。
    


その葛藤を、観察し続けて気がついたこと。


私が恐れているのは『お金』ではないということ。


私は『お金』に対して、自分の”ある部分”をずっと投影していたのです。


本当に恐れていたのは、お金ではなくて、自分の中にある”ある部分”でした。


じゃあ、私がお金に投影していたものは何だったのか。


それは、”みにくい自分”でした。


醜い自分は、細かく見ていくとこんな感じ↙
    

  • ずる賢い自分
  • したたかな自分
  • 自分の利益や得することばかり考えてしまう自分
  • ケチな自分
  • 戦略的で巧妙こうみょうな自分
  • 品行方正ひんこうほうせいとは真逆の自分
  • 純粋ではない自分


お金を稼ぐことを突きつめていく時、どうしても戦略的になったり、利益を優先しないといけない、そういう状況が出てくるよね。


ビジネスを自分でやっていれば、そういう面を持つことって必要なことでもあり、当たり前でもあるんだけど、


私は、自分がそういう人になることに、ものすごーく抵抗があったのね。


なんだか、自分が悪い人間になってしまうような、そんな気分になった。


私は美しくいたいし、純粋でいたいし、戦略よりも、情熱にみちびかれていたい。


そんな風に、あまりにも自分を美化びかしすぎていたのかもしれません。


まぁ、結局のところ、良い人間でいなければ!正しい人間でいなければ!


そうでなければならないと思いこんでいたんだよね。


それが、お金を遠ざけていた理由だった。


お金を得ることは、私を悪い人間にしてしまう、そんな考えでした。
    


人間は、魂とスピリットと肉体、この3つのコラボレーションで成り立っている。


戦略を持っているのは、スピリットなんだよね。


この地球でのサバイバル人生を、どう戦略的せんりゃくてきに生き延びるのか、どうやって生命を維持するのか、そういう目的を果たすのが、スピリットの役割でもある。


だから、戦略的になることも、したたかになることも、時には、自分の利益を優先することも、全く悪いことじゃないんだ。


必要なときに、必要な選択や行動をするのは、人間のさがであり、生きる目的なんだよね。


私は、お金の葛藤を通じて、そのことを思い出した。


こういう、一見にネガティブに思える人間の持つ特性や性格も、人間存在のユニークさであり、美しさなんだということ。


だから、時には利己的りこてきになっていいし、自分の利益を主張したり、優先していい。


ケチになってもいいし、戦略的になって、したたかになってもいいのだ。


お金を得ること、お金を稼ぐことに、貪欲どんよくな自分がいてもいいんだよね。


そういう自分を恥ずかしいと思わなくていい。隠そうとしなくても、もういいね。


そんな葛藤を見つけて、そして、手放して、私はようやく、本当に自分が望むものに手を伸ばせたんだ。


お金って、ほんとうに複雑な存在だから、きっと、これからも失敗したり、恥ずかしくなったりもするかもしれないけど、


それでも私は、私を愛し続けるし、大切にしていこうと思います。

𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾

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