何も動かない時は、何も決めてないだけ。
ねぇ、見て。彼女たち、本当に美しいと思わない?
女性って本当に美しいよね。おふたりとも、すごく怒っている。そして、たくさん傷ついて、泣いて、苦しんで、誰かを憎んだ過去が美しさになってる。
だから、私は彼女たちを本当に美しいと思って泣いたんだ。
私も自分の動画を、自分が表現した動画を、『ねぇ、美しいでしょ?』ってそんな風にブログにのせたいなって思ったよ。そうしたいから、きっと、そのうちそうすると思う。
昨日気づいたことがある。
私、本当は何も決めてなかった。自分で決めてなかった。全部自分で決めてきたかと思っていたけど、実際は何も決めていなかったんだ。笑える。
昔、『意図するだけ、願いは叶う』的な本を書いたんだけどね。まさかのビックリ、そんな本を書いた自分が何も意図せずに、何も決めてなかった。
いつも決めてる風だった。これまた笑える。
決めたくなかった理由も、なんとなくだけど分かった。
私、怒られたくなかったんだ。怒られるの、すっごく怖かった。
全部自分で決めたら、怒られるって思っていたの。
全部自分で決めるということは、一番自分らしく生きるということだけど、私は、自分らしくいたら怒られるし、嫌われるから、そういう自分になりたくなかった。
だから、とりあえず”決めている風”で決めてこなかった。
・決めない
・主体を持たない
・前に出ない
・責任を曖昧にする
怒られる責任とか、社会人としての責任とか、家族としての責任とか、みんないつも押し付けてくるじゃん。押し付けてくるというか、私が勝手に引き受けてきただけだけどね。
怒られても平気な自分になりたいって思っていたけど、全然なれないんだよ。だって、やっぱり怒られたくないじゃん。
なんで、私こんなに怒られたくないって思っているのかなって思ったんだけど、この前も書いたけど、私、小さい頃怒られてばっかりで、それで心は死んで、自尊心も死んで、私は死んだのね。
でも、なんとか息を吹き返して、生き返って、それで人間というものを学んで、『こうやったら怒られないかも?』って学習したのね。
でも、また自分らしくいたら、自分で全部決めて自由になったら、それはつまり怒られる自分に戻ることだって、思っていたみたいなのね。
怒られることが、人格否定とか、安全の破壊と結びついてしまっていたのね。
だから、怒られること=自分の価値がゼロになることだったし、自分の世界の安全がゼロになることだった。それって怖すぎやん。
ここまで一生懸命、自分を理解して、自分を好きになって、自分を愛せるようになったのに、またあの場所に戻るなんて、私、耐えられなかったんだよ。
だから、絶対に怒られないようにしなきゃと思ってた。それで、”決めている風”で、満足しているふりをしていた。
それで、私は今どうしたいかというと、決めたい!ちゃんと決めたい!
当たり前やろ!自分の人生なんだから!
でも、決めたら怒られる、責任を負わされるって思ってたから、まずはこの葛藤をなんとかしないとなと思った。
怒られることと、自分の価値を=(イコール)にしてはいけないよね。
私、今までたくさん怒られてきたよ。
社会人になった瞬間に、会社で、たくさんの社員の前で、死ぬほど罵倒されて怒られたことがあるよ。もうそれは、ある意味の”心の死”だったよ。
でもさ、そういう怒られた自分を許さないといけない。
怒られてきたとしても、私の存在価値は、何ひとつ揺らいでいなかったんだって、ちゃんと理解しないといけないよね。
だって私、今も生きてるし、自分のことが好きだし大切だし、この私は、たからものだって思えるんだもの。
怒られるのは怖いし、多分、この先にも怒られることがない保証なんてないよね。
でも、怒られることと、自分の価値とか、自分のやりたいことが何も関係ないんだって、決めることはできるよね。
怒る人がいたら、それは相手の問題。相手が悪い。怒りは、相手の感情。相手の感情はウンコ。だから、私は受け取らない。
もし、私がそこで怒りを受け取ったら、それで傷ついたら、それは私の問題。私が悪い。私が怒られるべきだと、自分で思っているからね。
まぁ結局、自分で自分のことを『怒られるべき存在だ』と思って生きてきただけだよね。だって、本当に小さい頃、何しても怒られていたから、そりゃそう思わうよね。
自分で決めても、怒られないんだったら、私は今度こそちゃんと決められるかもしれない。いや、まだ決められないかもしれないけど。
でも、今が決めたいと思ってるし、決められるかもと思ってる。こんなに成長してる自分は、なんて立派な人間なんだろう。
本当に、自分で全部決められるようになったら、もう世界は、私のものだよね。自由自在だよね。本当の自由を手にいられるってことだ。
何それ。絶対に手にいれたいやつ!私、がんばる!
決めてる風で満足しない。決めてないなら、ちゃんと自覚する。本当は決めてないと、決めるのが怖いと認める。そうしたら、なんで怖いのか分かるようになる。
誰かが怒っても、あなたは悪くない。
他人の怒りの感情を引き受けない。自分がちゃんと怒らないから、そういうウンコを投げつけられるのだ。ウンコを投げられたくなかったら、ちゃんと怒ること。
私がちゃんと怒るようになったら、私に怒る人がいなくなった。モラハラみたいな人が、優しくなった。今のところは。
もし怒られることがあったら、また書くね。
𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾☺︎

