昨日までの自分と、今日からの自分が違ってもいい
わたし、ずっと教えることを仕事にしてきました。
スピリチュアルのことや願望実現のこと。それはそれで、とても好きな仕事でした。
でもね、やっぱり人間って飽きるもので『新しいことに挑戦したい』と、漠然と思うようになったのです。
じゃあ、新しいことって何って感じだけど、私の場合は、本当に”自分らしい表現”がしたかった。
私にとっての自分らしい表現とは、弱さも、醜さも、愚かさも、脆さも、ぜんぶ、隠さないことだった。
本来は、誰にも見せたくない隠したくなるような、自分のドロドロとした部分の中にあるそういったもの。
そういったものの中にこそ希望があるって、美しさがあるんだって、信じたかったのです。
それが、自分を愛するため、大切にするための”重要なピース”になると感じていたから。
でも、問題は過去との整合性だった。
だって、私はこれまでたくさんの人の前に立ち、リーダーとして、時には先生として、まぁまぁ、えらそうにしてふるまってきたわけだから(笑)
宇宙人とか宇宙とか願いは叶う!とか言ってた私がいきなり、実はわたし弱いんです!傷ついていたんです!って言い出したらみんなは、一体どう思うのだろう。
失望されるかな?悲しむかな?いや、裏切られたって思って怒るかな?
そんなことを、ずっと考えてしまって私は、なかなか新しい一歩が踏み出せなかったのです。
でも私はある時、意を決して今までとは全く違う、新しい表現をスタートさせました。
ちょうど、1年ちょいくらい前かな。私は、新しい一歩を踏み出すことにした。
自分の弱さを表現したり、傷ついた心を癒やすためのブログを書き始めたんだよね。そう、まさのこのブログです。
それがよかった。本当によかった。自分にとって、いい選択だった。
なぜなら、”書くこと”を通じて、過去の未完了の出来事を整理できたり、自分の偽りのない心と向き合うことで、自分を許したり、愛したり、ときには葛藤に気づいたり。
そんな瞬間が、どんどん増えていったから。
少し大げさかもしれないけど『書くこと』が、私の命を救ってくれたのです。
それはそれで、めでたしめでたしという感じなんだけど、じゃあ、私が心配していたまわりの人たちの反応はと言うと…
正直、よく分かりません。笑
いや、ワカンナイのかよ!!って感じだけど、実は、自分のために書き始めたらとてもよい意味で自分に集中できてね。
今の自分が、まわりからどう思われているなんて気にすることもなくなったのです。(いや嘘!ちょっとは気になる!)
でもね、きっと離れていった人も多いはずです。がっかりした人もいるでしょう。
そりゃあそうです。
だって、彼らが興味を持ってくれたのは願望実現やスピリチュアルに精通してて、自分が知らないことを教えてくれる先生やリーダーとしての私だったと思うから。
私も、もし逆の立場だったら『なんだコイツ、つまんないし何の役にもたたないぜ。ケッ!もう読まん!』となっていたと思う。
人間なんて、そんなもんですよね。
数年前、私がスピリチュアルの大きなスクールを運営している時、たくさんの生徒と講師がいました。
みんな私を慕ってくれていて、優しくしてくれて、いつも、すごいねって言って私を褒めてくれました。
私が、スクールやめる!解散!!と突発的に発表したあとにもしばらくは、講師だった子たちともおつき合いがあったのですが
プライベートで会ってもやっぱり、私が全盛期で活動してた時と当たり前だけど、態度とか雰囲気がちがくて、その時に思ったのです。
あぁ、彼女たちにとって今の私は『価値のない人。自分の人生の利益ならない人。』そんな立ち位置に成り下がったなったんだなぁと、はっきりと悟ったのです。
でも、それでも彼女たちは正しいのです。
自分の人生に、ポジティブな価値や利益をもたらさない人間に、自分の大事な時間やエネルギーを注ぐ必要なんてないですからね。
私が彼女たちと同じ立場でもきっと、同じような態度をしていると思う。
でも、まぁ本音を言えば、やっぱりちょっと寂しかったけどね。
そんな経験もして、色々と学んできたわけで、自分に対して、失望されたりがっかりされることに対して、今はあまり過敏に反応せずにいられるようになりました。
自分らしい発信や表現をする前は、ずっと心配していました。
どんな理由をつけたら、私が、新しい自分を見せることが許されるだろうかと。
どんな流れで持っていけばみんな納得して、私の新しい表現を受けいれてくれるのだろうか。
私は、ずっと求めていたんです。新しい表現と、過去の自分との整合性がつく理由や言い訳をね。
でもね、結局今思うことは、そんな整合性なんて何の役にも立たないものです。
私が、どんなことをしても、どんな理由をつけても、どんな流れを作ろうとしても見限る人もいるだろうし、呆れる人もいるとだろうし、がっかりする人もいるからです。
だからね、自分の新しい選択や行動にたいして、過去との整合性を保とうとするなんて時間の無駄だし、無意味なことです。
昨日まで、弱く無力だった人間が、今日から、強い自分を見せたっていいし。
昨日まで、強さや価値を誇示していた人が急に、情けなくなったって、弱くなったっていいじゃないか。
ねぇ?そう思いません?
だからね、まわりの人を納得させられるような、過去との整合性なんかとっとと手放して
、なりたい自分になったらいいのです。わたしも、あなたも、みんなで。
おかしな話だけど、私は、弱くなりたかったし、情けなくなりたかったんです。
ものすごい価値があって、認められて、みんなから褒めれる自分じゃなくて、弱くて、小さくて、価値のない自分をさらけ出したかった。
そして、そんな自分を許したかったし、ただ、愛してあげたかったのです。
ただ、それだけの想いで、ここまで進んできました。
過去にしがみついていたら、きっと、今みたいな表現もできないし、このブログも始められなかったと思う。
誰かをがっかりさせたとしても、私は、私のしたい表現をして、わたしの人生を生きていきたいと思います。
𝙴𝚁𝙸𝙲𝙾

